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今日、空から降ってきたごほうびは何ですか©

 

何かおもしろいことないかなあ…

何か楽しい事ないかなあ…

 

彼女はいつもいつもつぶやいていました。

 

かといって彼女は別に何かに困っているという事ではありません。

一緒に遊ぶ友達もたくさんいるし、お小遣いもあるし、

住む所もきちんとあるし、食事に困る事などありません。

 

家族にも恵まれ、自分の足で歩き

自分の事は自分でする事もできます。

やろうと思えばどんなこともできるでしょう。

 

でも、いつもいつも心の中で呟いているのです。

何かおもしろいことないかなあ…

何か楽しい事ないかなあ…

 

彼女は薄々気づいていました。

自分がとっても寂しがり屋だということに。

 

寂しくて、悲しくて、切ないときは、

本当は誰かにそばにいて欲しいこと、

ぎゅっと抱きしめて欲しい事。

 

心の中にちょっと小さな穴が空いていて、

それを埋めるために忙しく日々を過ごしていること。

 

楽しく食事をしても遊びにいっても家族と過ごしても、

その時間が終わり一人になると、

何か満たされていないものを感じていたのです。

 

大きな暗い穴の中にたった一人で

佇んでいるかのように、

ただただ寂しさがつのるのです。

 

何をしてもこの穴は埋まらない。

いつもそう感じていました。

 

 

ある春の麗らかな日、彼女は暖かな陽射しに誘われて、

久しぶりにお散歩に出かけました。

風は少し強かったけれど、春の陽射しは眩しいばかりで

ワクワクする気分でした。

 

「あ! 公園に桜の木があったっけ、もしかしたら咲いているかも。」

 

彼女は公園に向かって歩いていきました。

桜の花がほころびかけているのが見えます。

その桜を間近で見ようと公園の中に入っていきました。

 

噴水の高く上がる水はまだ寒々しく見えますが、

確実に春の訪れを感じます。

ジョギングする人、ウォーキングする人、

ベンチでお昼寝の人、お弁当を広げる親子。

 

時折聞こえるのは草野球をしている人たちの大きな笑い声、

風の音、鳥のさえずり。

彼女は何本かある桜のうち、吸い寄せられるように

隅にある木に向かい、その木の下に腰を下ろしました。

 

満開ではないけれど、枝先の桜は見事に咲いて、

手を伸ばせば届くところにある花は

陽射しの中を泳いでいるようでした。

手のひらを後ろについて真っ青な空を見上げ、

そういえば、小さな頃はこうして空をよく見上げていたっけ。

入道雲が好きだった、もくもくもくもく、わ!だから雲?!(笑)

上を向いてばかりいたら

クラクラしちゃうって言ってた友達がいたなあ。 

こんなに気持ち がいいのになあ、

でも、首は痛くなるかも。。

思いはめぐります。

 

その静寂を破るように

 

「素晴らしい花だわねえ」

 

と人の声、そこにはサングラスに帽子姿の女性。

 

「ステキだわねえ」と再び。

彼女はびっくりしながら

「そうですね、きれいですね」

と返事をしました。

 

その女性は、自分が今年定年退職したこと、

退職してからゆっくり散歩をするようになった事。

 

あなた仕事をしているの?

仕事をしていることはいいことよ、

こんなにゆっくりと桜を見るのは初めてだわ。

自分の暮らしている町がこんなにステキだったとは思わなかったわ

というようなことを感激さめやらずといった感じで

桜の木にしているのか彼女にしているのか、

ずっと桜を見上げながら話しているのでした。

 

彼女はそんな女性の話に相槌をうちながら、

一緒に桜を眺めておりました。

 

話が途切れたなと思っていると

その女性は彼女に背を向けて、

来た道を戻っていました。

 

「ごめんくださいませとか言わないんだ。

そうなんだ~、おばさんってそういうふうな

挨拶をするんだと思っていた、・・」

 

一人でいた彼女にとって

その女性とのひとときは数分間でも

楽しいものであったのに、

女性の小さくなっている後姿をみながら、

こちらからわざわざ挨拶するほどでもないかと

自分に言い聞かせると

 

「あ~あ、楽しい事ないかなあ…」

 

と、また心の中で呟いていました。

 

その後も彼女は雲を見上げ、桜を眺め、
はげた芝生の上で過ごしていました。

風も弱くなり、背中にあたるお陽様の暖かさは

冬のそれと違って力強さを感じます。

 

ふと気づくと、今度は白いひげをたくわえ、

ステッキをついたちょっとダンディな

おじいさんがやってきました。

 

「やあ、ステキな桜だねえ」

 

彼女は今日よく声をかけられるなあ、、、

そうか桜のせいか、、などと思いながら

「そうですねえ、」と返事をしていました。

 

「いい花だねえ…」 

 

そう言うと、しばらく彼は黙ったまま

桜を見上げていました。

彼女も一緒に桜を見上げていました。

 

「今日、空から降ってきたごほうびはなんだい?」

 

唐突な老紳士の質問に驚いた彼女は、

桜からおじいさんにゆっくりと視線を移しました。

彼は桜を見上げたまま

 

「何か楽しい事あったかい?」

 

と続けます。不意をつかれた彼女は

返事をすることもできないまま、

おじいさんをじっと見つめていました。

すると彼はゆっくりと視線を落とし、

彼女を見てにこりとしたのです。

 

その笑顔はなんとも眩しくて、

素直な言葉しか受け付けてもらえないようでした。

彼女はどうしていいかわからず

 

「ううん、」

 

と小さな声で、うつむきながら

首を横に振るのが精一杯でした。

 

威厳のある低く響く、それでいて暖かさを感じる声で

 

「そうか、ないのか」

 

というと持っていたバッグをごそごそと探りました。

その大きなごつごつとした手から

何か四角いものが見えます。

 

「ここで逢ったのも何かの縁だ、これを君にあげよう」

それは小さな小さなノートでした。

 

「これには決まりがあってな、。

嬉しいこと、楽しい事。とにかく幸せになった言葉を

見つけて書いていくんだよ、それだけが決まりだ。

どんな小さな事でもいいんだよ、

当たり前の事でもいい。

とにかく見つけて書いてごらん、さあ、手をおだし」

 

彼女は、いったい何者だろうこの人は?と思いつつも、

絶対に断れないような雰囲気とその優しい響きに促され、

恐る恐る手を差し出し、受け取ろうとしました。

その瞬間、急に風が吹き、公園の土を舞い上げました。

 

「あ!」

 

 

思わず彼女は息を止め目をぎゅっとつぶりました。

 

目を開けたとき、陽射しは薄い雲にさえぎられ

、暖かさは既になくなっていました。

あのおじいさんはいません。

 

「あ~、さむ。おじいさんは? 

あれ?眠っちゃったのかな・・・夢だったのかな?!

変な夢・・・今日は変な日だった・・・」

 

現実なのか、夢なのか、

不思議な体験だったなと思いながら、

家に戻ろうと腰をあげ、バッグを持ち上げようとして、

彼女はびっくりしました。

 

「えっ?!」

 

しばらく、彼女は呆然とバッグの中を見つめていました。

ノートがあるのです。赤ちゃんでも抱くように

手を伸ばし両手でそっとたずさえると、

中を開いてみました。

 

 

中は真っ白です、何も書いてありません。

彼女はおじいさんの言った言葉を思い出していました。

 

 「嬉しかった事、楽しかった事、

誉めてくれた事・・・幸せになる言葉・・・」

 

自分に起きた事をにわかに

信じられない彼女でしたが、

なぜか素直になってしまうおじいさん の表情を

思い浮かべながら、

 

このノートを書いてみようと思いました。

 

でも、楽しい事や嬉しい事なんか、

そうあるわけないよ。どうすればいいんだろう、、、

書くって自分で決めたしなぁ・・・

とにかくやってみようかな・・・

 

 

それからの彼女は毎日毎日、

楽しい事ないかな?

嬉しい事ないかなと探し始めました。

 

 

どんな小さな事でもいいって言ってたっけ。

こんな事でもいいのかなぁ、、.

 

今日はバスが時間どおりにきたので待たなくてすんだ!!

とっても幸せ!!

時計を確認したら、10:19!自分の誕生日と同じ数字だった!!

いいことあるぞ!!

目当てのお買い物が2割引だった!!

これはご褒美だ!

髪型が決まった!やったね!

 

こうして真っ白なノートを埋める為に

他愛のないことも書いていくと、ご機嫌になっていく自分がいます。

 

 

しばらくすると彼女の周囲への働きかけも変化してきました。

「髪切った?!素敵!似合うよ。」

 

「新しいバッグ?可愛いね。」

 

など、相手のことをきちんと見つめ、

肯定的な言葉が多く出るようになってきました。

すると、周囲から彼女に対して、

「笑顔がすてきね!」

「いつもありがとう」

 

という言葉が、聞こえてくるようにもなりました。

 

こうしてノートを書く日々が続いています。

飽きもせず、毎日、続けていたことが

今まであったかなと思いながら。

 

彼女は自分の心の中の穏やかさや

嬉しさに気づき始めています。

そして、心の穴は埋めなくてもいいのだと。

だってそこからは、

きらきらと、とても瑞々しく、

暖かい思いが泉のように湧きあがってくるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

◎あなたへの質問◎

・今日、空から降ってきたごほうびは何ですか?

〇それはどこで? いつ?
〇誰から、何からいただいたの?
〇どんな言葉、出来事だったの?
〇その時のあなたの表情は?
〇あなたの心の色は何色だったの?


・あしもとにあるしあわせがしあわせ

〇何をしあわせと感じたの?
〇その理由は何?
〇その人やその事に何と言いたい?
〇それを言ったらどんな気持ちになるんだろう?

  

 

 

しあわせな事だけ書くノート/

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